Jリーグ史上最も衝撃的な指揮官電撃解任

佐助が応援しているサガン鳥栖が前節の試合で首位に返り咲いたということを書いて自慢しようと思っていた矢先の出来事でした。

 

夜寝る前にTwitterを適当に眺めていると突如現れた意味の分からないツイートを発見します。

 

 

           「サガン鳥栖の尹晶煥(ユン・ジョンファン)監督解任」

 

 

突如の報道にしばらく自分自身が何を目にしているのかわからないほどでした。

そして翌日の地元紙でも一面トップで尹監督の写真とともに大きく報道されました。その後サガン鳥栖オフィシャルホームページで「契約解除」という形で発表されました。

 

サッカーの世界では監督のリーグ途中での途中解任はそれなりによくある話だったりします。しかし、今回の場合は異例も異例だったのです。なぜそれほどまでに衝撃的なのかをこれから示していこうと思います

●尹氏のこれまでの経歴

まずは尹晶煥氏がどのような人物かということから話していこうと思います。

 

尹晶煥氏は、選手時代は中盤のパサーとして活躍した選手です。スペースを上手く見つけ、そこにむかって寸分の狂いもない芸術的なパスを何度も通し、見るものを魅了してきました。

韓国代表としても招集されましたが、フィジカルゴリ押しの韓国代表のサッカーの中で、パスは凄いがその分守備が疎かになるというプレースタイルをもった尹氏は監督からあまり使われずにW杯を終えてしまいました。生まれた国や監督が違っていれば、世界大会でも名プレーヤーと称されたのではないかと思ったりもしています。

 

韓国でのそのような事情の中、尹氏はJリーグに活路を見出しセレッソ大阪に移籍します。セレッソではその素晴らしいパスで中心選手として活躍します。

 

その後一度は韓国に帰りますが、再びJリーグでのプレーを強く希望し、2006年にサガン鳥栖に移籍します。

サガン鳥栖でもそのパスの芸術性は遺憾なく発揮され、サポーターを魅了させました。そのなかでも、サガン鳥栖の初代エースとしてチームに君臨したFW新井辰基(あらいたつのり)とのコンビネーションは眼を見張るものがありました。

尹選手と芸術的なパスと、新居選手のゴールへの嗅覚の融合などもあり、2006年は当時のクラブ史上最高の成績(J2 4位)を残しました。

2007年に尹氏は現役をサガン鳥栖で引退します。

 

翌2008年にはサガン鳥栖のテクニカルアドバイザーとして就任し、ユースやサッカースクールでの指導や・地域の子供達へのサッカー普及活動に取り組みます。

 

2009年にはチームのトップコーチとして就任し、この時から尹氏を将来のサガン鳥栖監督候補として育て始めました。

 

2010年には、それまで監督をしていた岸野靖之監督がサガン鳥栖の監督をやめたことで、尹氏が監督になると思われていました。しかし、Jリーグの監督になるために必要な JFA 公認S級コーチライセンス を所持していなかったため、以前に監督を務め、当時サガン鳥栖GMをしていた松本育夫氏を監督として据え、尹氏はヘッドコーチに就任をしながらも、実質的な監督業は尹コーチが行っていました。

 

2011年からはS級ライセンスを取得したことで名実ともにサガン鳥栖の監督として指導をすることになり、就任1年目でJ1に昇格し、一躍注目を浴びます。

 

J1初年度となる2012年は、周囲に降格候補筆頭と言われながらも、5位でシーズンを終え、周囲を驚かせることになります。

 

2013年は、さすがにヤバイと相手チームに思われたのか、はたまた「2年目のジンクス」と言われる言葉もあってかチームは低迷しますが、奇跡的な補強により降格を免れます。

 

2014年は鳥栖史上最強の布陣とサポーターが思えるような選手たちが揃う中、見事にシーズンの半ばまで好調をキープし、首位になった直後に電撃解任となりました。

 

 

●サガン鳥栖史上稀代の名将

サガン鳥栖を現在語るうえで名将といえば、松本育夫氏と尹晶煥氏の二人を挙げることになるかと思います。

松本氏は崩壊状態だったチームをマイナスの状態から戦える集団にまで仕立てあげたタイプの名将でした。

 

一方、尹氏の素晴らしさといえば、監督就任後からチームを着実にステップアップさせてきたことでしょう。その尹氏も、松本氏から教えを受け、鳥栖に流れる「育夫イズム」を強くうけています。

現役時代は華麗なパスを繰り出すパサーでしたが、育夫イズムの影響もあってか、チームの財政的基盤の弱さなどもあり、よりリアリストな采配を行なっていました。

 

どのようなものかというと、技術はトップ選手に比べると多少落ちるが、献身的に走ることができ、最後まで戦える選手を重視し、ロングボールや高速カウンター・攻守の切り替えの速さなどを重視していきました。響きは悪いですが、俗にいう「弱者のサッカー」を徹底したことで上位のチームを次々と脅かしていきました。

このような走り続けるサッカーは大抵夏場で失速すると言われ、毎年夏になると「鳥栖は夏で失速する(キリッ」っといった意見が見られますが、シーズン前の鬼の三部練のおかげか失速をすることなく、逆に夏場以降にも順位を伸ばすといったこともありました。

 

以前は技術よりも走力といった選手が多かったため、徹底したロングボールや高速カウンターなどが多かったですが、最近では選手の質も少しずつ変化し、ポゼッションを高めながらの試合もできるようになっていました。

 

このように、着実に成長をしている姿を見せた采配を行い、名将っぷりを発揮しながらも今回の契約解除となってしまったのは大変残念です。

そして、リーグ首位の監督がクラブ側から契約解除をされるということは、世界的に見てもあまり例がないと思いますし、異例中の異例であり、衝撃的なものでした。

 

 

●契約解除の真相は未だ闇の中

今回の契約解除は成績もご覧のとおり良好だったため、謎に包まれたものになりました。

サガン鳥栖の永井強化部長がメディアに向けて会見を行いましたが、核心を突くような発言を得ることはできませんでした。

 

チーム内に亀裂(特に控え選手に対するケア等)があったというような発言もありましたがこれが本当にどうかはわかりません。

もしかしたら契約更改をしようとしたら、監督が高額な年俸を要求してきたため払いきれないということで解除をしたかもしれません(ここまでの成績を残したのですからそれ相応の年俸を支払うのは当然だとは思いますが)。

もしくは韓国代表の指導者ポスト就任の要請があったからかもしれません。

 

このようなことになってしまった以上、これから先のことを前向きに捉えなければなりませんが、この決定が最終的にサガン鳥栖と尹晶煥氏の双方にとって良かったと思える選択になればいいなと思っています。そして、今は詳細な情報を話すことができないのかもしれませんが、最終的にはしっかりとした説明をサポーターにもしてもらいたいと思います。

 

 

●新監督就任とその船出

8/7付け(発表は8/8)で尹晶煥監督は契約解除をされ、2010年からサガン鳥栖のコーチとして指導をしている吉田恵コーチが監督として昇格しました。

その直後となる8/9に、広島とのアウェイでの対戦が組まれていましたが、台風が接近しているために8/11開催に変更となり、新監督後の試合はお預けとなりました。

 

新監督の吉田監督は2010年からコーチをしていたため、特に方針などに変更はなく、このままのスタンスでチームの指揮を取っていくと思われます。フロントは今後吉田監督だけでなく、他にも監督にふさわしい人がいないか人選を行うそうですが、今までサガン鳥栖に流れていた「育夫イズム」を継承してほしいという意味でも、これからも監督は、今までのサガン鳥栖の流れでもある内部昇格から選んでほしいなというのがいちサポーターとしての本音だったりします。

 

 

長々とした記事になってしまいましたが、サガン鳥栖史上でもかなり衝撃的な出来事(他にも修羅場的出来事は幾度となくありましたが)ということで今回このようなものを書いていきました。

 

本日行われた他のJ1の試合では、浦和が負けたため、得失点差で暫定1位です。8/11に延期された試合で引き分け以上or1点差以内の負けで1位キープとなります。

新体制となって初の試合はこれからの試合にも大きく影響をしていくと思います。広島にはやられているイメージ(特に佐藤寿人選手に)が大きいですが、しっかりと勝利をもぎ取ってほしいと思います。

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